格好がおろそかになってきた39歳

2017年2月23日

私の今までの将来は、薄毛は無縁のくらしでした。そんなふうに、39クラス目までは・・・
あたいは幼少から、いっぱい髪の毛のボリュームが多く、引け目において悩んでいました。
思春期に入るといった「あらぁ~少しは少なくならないかな~」なんて思い切り考えたやり方でした。近頃として思うと、なんて厳しいことを考えていたんだって身震いしてしまいます。
但し、昔から抜毛だけは多かったのでちらほら疑惑はしていましたが、それを補ってあまり起こるボリュームだったので「自身は大丈夫」って安心していました。
社会人になってからも、多少なりとも低く見せたかったあたいは、若かった力不足もありブロンドヘアーにしたり染め倒したりしてスカルプにダメージを与える機能を幾度となく繰り返してきました。
何とも髪のボリュームは鎮まる雰囲気はなく、髪を切りに行けば美貌師から「これ程短期間でしばしばこれだけ増えますね」などよく言われ「そっち意思にしてるんだよな~」なんて贅沢なことをしばしば悩んでいました。
そんなこんなで、30歳をすぎた位から会社での役職もまだまだあがり、チャラい風貌から少しずつ遠のくと共に、ヘアースタイルもサラリーマン風に和らぎ、ボリュームの引け目も自ずと歳と共に意思にならなくなっていっていました。
間もなくブライダルし、乳児にも恵まれ、養育に追われ格好がおろそかになってきた39歳の夏季のことでした。家内の口から信じがたいワンポイントが・・・
家内「おとうさん、なんか少なくなった?」
あたい「は?」
今でも忘れることができない科白だ。そうしたら鏡を見るサイクルは激増しましたが、何都度見ても頭頂部がない・・・「そういう馬鹿な」。こういう科白はどれだけ繰り返したか分かりません。
それからのくらしは一変し、者に裏面に立たれるのに恐怖を覚えるほどでした。いてもたってもいられなくなり、全力を尽くし戦略を探し出しあげた契約、小遣いはかかってしまうがAGA病棟に通うことにしました。
そうしたら半年たち、抜毛はなんとか静まり、うっすら産毛も生えてきました。
こんなにも髪が伸びることに魅力を感じるなんて、夢にも思っていませんでした。これからの将来の後半戦は、髪や健康にいっぱい気を付けなければいけないなと、身をもって思わされた体験でした。廃車買取

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